動物トレーニング業界の大先輩に、堤秀世さんという人がいる。日本のチンパンジーショーの第一人者にして、伊豆シャボテン公園の名誉園長。今はショー現役から引退されていて、北海道で動物専門学校の講師をなさっているとか。若い頃の私には、目標となった憧れの動物トレーナー。狭い業界、というかますます狭くなる業界の中では、もはや盟友。と言ったらご本人に失礼だろうか。
私より20歳以上も年上の大御所だが、今だに勉強家であり、私なんぞにもたまに連絡をくださる。その堤さんが、未だに成し遂げていないライフワークがある。それが、動物トレーニング用語集の完成という大仕事。確か、25年前にはすでにその構想をお聞きしていたと思う。
私の情報網では、あいうえお順でスタートするとして、一つ目の用語を書きかけている最中というところから、その後の音沙汰がない。実は、その用語集の最初の用語が表題の「あ’’」なのである。のっけから50音にない表記と発音。これが堤さんの天才たるゆえんである。
子曰く、「一番根源的な警告音」らしい。これは私にもよくわかる。犬を叱る時は、低い声が効果的だといわれる。「あー」っと、高い声でテンション高く言うと、向こうは「褒められた、気を引けた」と受け取ってしまい逆効果になる。だから低く、短く、威厳をもって「あ’’!」というのが正解。
ちなみに、チンパンジーの威嚇音は「お’’っ」となる。文字で表現するにも限界があるが、なんとなくおわかりいただけるだろうか。イヌの警戒・威嚇音は「う’’ーっ」だ。全て、低く、のどのあたりを閉めて小さく共鳴させるような音であるのが特徴的だ。
動物は、大人になるにつれて声が低くなる傾向にある。また、声が大きいということは音を響かせるオルゴール箱としての体格が大きいことを表すので、ペンギンなども声が大きい方がモテるそうだ。大声が大勢を惹きつける武器なのに対して、威嚇音、警告音は目の前の至近距離の個体を対象とするのだから、大きさより低さと瞬発力の「迫力」が大事。
と、まあ私でも「あ’’」にまつわる話題はつきないのだから、堤さんをお察しするにはあまりある。この用語を辞書風に客観的に表現できる日がやってくるのを、私はあきらめず待っている。
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